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戦死者の墓碑を見て回ることをはじめたのは、
去年の8月からのことです。
それ以来、旅行先でも、仕事で立ち寄った場所でも、
余裕があれば、戦死者の墓碑を見て回っています。
一時、このブログも家族から「お墓ブログ」と
呼ばれていました(笑)。
さて、日露戦争で中国現地に巨大な砲弾型の
記念碑が建てられました。
その異様さに驚きましたが、日本でも、
同じ形の墓碑を見つけて衝撃を受けました。
最初に見たのは、自衛隊今津駐屯地の
近くの大字今津共同墓地(3基↓)でした。
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それから、今津でもう一箇所、弘川霊苑(2基)↓。
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新旭で2箇所で1基づつ↓。
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これまでに2町4墓地で、7基「砲弾型」の戦死者の墓碑を
見つけていました。
この8月、マキノの高木浜の墓地で
3基見ることが出来ました。
それが一番上の写真です。
「西浜共同墓地」と言う名前でした。
ただ、なぜこの形なのか、
それは、日露戦争の個人墓碑だけなのか、
他の地域にも存在するのか、
などは、わかっていません。
大津市では、日露戦争の個人墓碑は、
四角錐の形であり、砲弾型を
私はまだ見つけることができませんでした。
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