日清戦争の戦病死者 〜一人の兵士に「二つの墓」〜
2009-09-02


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日清戦争(1894〜95)は、近代日本が行った最初の大規模な侵略戦争でした。今から、120年以上も前のことです。
 大津市で、民間墓地に戦死者の墓碑を訪ね歩いていますけれど、この時代の方の墓碑を見つけることは希なことです。
 上の写真はその一つです。
 真昼の強い日差しに、くっきりと「明治二十八年九月廿一日歿」と刻まれていましたので、この時代のものとわかりました。目に付くのは、台座が四段あるように見えることです。たいていの戦死者の墓碑は、先の尖った四角錘をしていますが、この墓碑はちがっています。
 りっぱな墓碑です。

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 正面には、「陸軍歩兵一等卒稲田岩太郎墓」と刻まれています。
 この名前に記憶があるわけではありません。でも、気になって、旧大津陸軍墓地のEブロックに眠る兵卒の名簿を見てみることにしました。そして、そこに同じ方の墓碑があることがわかったのです。
下の写真がそれです。

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 不思議な気がしますが、こういう例は、この方だけではありません。
私には、事実をお伝えする以上のことができないのが残念ですが。
[日清戦争]
[民間墓地の戦没者]

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