日露戦争の戦死者名簿(旧マキノ町) 〜『高島郡誌』より〜
2009-11-12


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日露戦争は、『高島郡誌』では、「明治三十七八年戦役」という名称が用いられています。名簿は、100名・氏名、出身地、兵種、階級、勲等功級、戦病死年月日、戦病死場所という7項目に記載があります。

 「平成の大合併」で高島市が誕生したのは、2005年1月1日。このときに、高島郡は消滅します。それまでは、マキノ町、今津町、新旭町、安曇川町、高島町そして朽木村から成り立っていました。
 5町1村が確立するのは、1950年のことで、下の村名は、それ以前の地名なのです。
 マキノ町は、海津村、剣熊村、西庄村そして百瀬村の4つを合併して誕生しました。これら4村における日露戦争の戦死者は、以下の17名。内訳は、海津村から3名、剣熊村から3名、西庄村から8名、百瀬村から3名。すべての村から悲しい犠牲者が出たのです。
 なお、マキノ町は、西南戦争では4名(南部由松、谷口筆松、谷口良造、中川寅吉)、日清戦争では1名(井花長太郎)の戦死者を出しています。その後の戦争はともかくとして、日露戦争がそれぞれの村に与えた衝撃の大きさがわかります。

○中村 治平  海津村大字海津
  明治38年3月1日 奉天附近

○小谷 彌吉  海津村大字西濱
  明治38年3月1日 北臺子

○土肥 定吉  海津村大字西濱
  明治37年9月3日 遙陽附近

○岩本 岩三郎  剣熊村大字小荒路
  明治38年3月4日 来神堡

○上田 興市  剣熊村大字浦
  明治37年12月22日 旅順
 
○安本 孫吉  剣熊村大字野口
  明治37年8月23日 盤龍山

○久保井 友吉  西庄村大字寺久保
  明治37年8月24日 盤龍山

○田中 仙吉  西庄村大字開田
  明治37年9月3日 シュアンシュダイ

○青谷 富蔵  西庄村大字牧野
  明治38年3月2日 角面堡

○青谷 重太郎  西庄村大字牧野
  明治37年8月21日 旅順

○木下 龍之介 西庄村大字下開田
  明治37年8月24日 盤龍山

○橋本 甚右衛門 西庄村大字下開田
  明治38年9月1日 大房身(病死)

○黒川 幸次郎  西庄村大字寺久保
  明治37年8月1日 滾子泡

○藤田 吉之助  西庄村大字蛭口
  明治37年7月23日 五臺山(病死)

○伊吹 米蔵  百瀬村大字中庄
  明治38年3月7日 小貴興堡

○鳥居 宗七  百瀬村大字知内
  明治37年8月22日 旅順要塞

○黒川 辰三郎  百瀬村大字新保
  明治37年10月8日 長嶺子(病死)

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