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日露戦争は、『高島郡誌』では、「明治三十七八年戦役」という名称が用いられています。名簿は、100名・氏名、出身地、兵種、階級、勲等功級、戦病死年月日、戦病死場所という7項目に記載があります。
「平成の大合併」で高島市が誕生したのは、2005年1月1日。このときに、高島郡は消滅します。それまでは、マキノ町、今津町、新旭町、安曇川町、高島町そして朽木村から成り立っていました。
5町1村が確立するのは、1950年のことで、下の村名は、それ以前の地名なのです。
マキノ町は、海津村、剣熊村、西庄村そして百瀬村の4つを合併して誕生しました。これら4村における日露戦争の戦死者は、以下の17名。内訳は、海津村から3名、剣熊村から3名、西庄村から8名、百瀬村から3名。すべての村から悲しい犠牲者が出たのです。
なお、マキノ町は、西南戦争では4名(南部由松、谷口筆松、谷口良造、中川寅吉)、日清戦争では1名(井花長太郎)の戦死者を出しています。その後の戦争はともかくとして、日露戦争がそれぞれの村に与えた衝撃の大きさがわかります。
○中村 治平 海津村大字海津
明治38年3月1日 奉天附近
○小谷 彌吉 海津村大字西濱
明治38年3月1日 北臺子
○土肥 定吉 海津村大字西濱
明治37年9月3日 遙陽附近
○岩本 岩三郎 剣熊村大字小荒路
明治38年3月4日 来神堡
○上田 興市 剣熊村大字浦
明治37年12月22日 旅順
○安本 孫吉 剣熊村大字野口
明治37年8月23日 盤龍山
○久保井 友吉 西庄村大字寺久保
明治37年8月24日 盤龍山
○田中 仙吉 西庄村大字開田
明治37年9月3日 シュアンシュダイ
○青谷 富蔵 西庄村大字牧野
明治38年3月2日 角面堡
○青谷 重太郎 西庄村大字牧野
明治37年8月21日 旅順
○木下 龍之介 西庄村大字下開田
明治37年8月24日 盤龍山
○橋本 甚右衛門 西庄村大字下開田
明治38年9月1日 大房身(病死)
○黒川 幸次郎 西庄村大字寺久保
明治37年8月1日 滾子泡
○藤田 吉之助 西庄村大字蛭口
明治37年7月23日 五臺山(病死)
○伊吹 米蔵 百瀬村大字中庄
明治38年3月7日 小貴興堡
○鳥居 宗七 百瀬村大字知内
明治37年8月22日 旅順要塞
○黒川 辰三郎 百瀬村大字新保
明治37年10月8日 長嶺子(病死)
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