禺画像]
山県有朋の建議によって推進された徴兵制と六鎮台制。そのもとで、明治8年に新設された大坂鎮台第九聯隊の大津営所。その営所に付属する施設としての埋葬所が旧大津陸軍墓地の最初の姿でした。
滋賀県をはじめ近隣諸県の農民や町民の子弟が徴兵され、大津営所に入営し、軍事訓練を受けました。そして、訓練の成果よろしく軍隊内の階級を「拝命」するのです。
堀田源七の墓碑の左側面には、つぎのように刻まれています。
明治十年六月五日應徴入営於大津鎮台歩兵第九聯隊第二大隊同年八月十七日二等卒拝命同十二年一月十日病没於大津営所病室二十二年十一月
禺画像] 入営して、わずか二ヶ月で二等卒???
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