大津市で見ることができる日露戦争の墓碑 〜その3 招魂碑と記念碑〜
2011-08-16


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「終戦記念日」の特集番組を見ていたとき、滋賀県内の戦跡が次々と壊されていることを知りました。民間の土地なら、仕方ないこともあるでしょうけれど、公の土地でありながら、駐車場にかえられて、跡形もない姿を見たとき、寒々とした思いがしました。それは、単なる過去の遺物ではなく、未来に生かすべき過去だからです。モノはモノですが、人間の頭のなかにあるのではなく、現物がそこにあることのもつ迫力は、かけがえのないものだからです。
 失われたものは、どうしようもありません。記憶を残すことに力を注ぐしかありません。
   私が墓碑にこだわるのも、実は、そのあたりに理由があります。もちろん、墓碑は、銃弾の跡が生々しく残る戦跡ではありません。しかし、そこには、戦争による死という事実が刻まれています。戦死を忘れてくれるなという遺族やその時代のの思いがこもっています。

 さて、今回の「その3. 招魂碑と記念碑」は、墓碑とは趣が異なります。戦争がもたらす熱狂を伝える碑とでもいうべきものです。上の写真は、その一つです。大津市の田上学区にある日露戦争の「戦役紀念」碑
 下の写真は、大分県竹田市にある日清戦争と日露戦争にかかわる記念碑です。戦勝記念碑であることはその文言から明らかです。 禺画像]  これらのほかに、大津市の武者が谷墓地には日露戦争を記念した「牛馬招魂碑」(下の写真)というものも、存在します。その建立のいきさつは、まだ調べられていません。 禺画像] 大津市で見ることができる日露戦争の墓碑・記念碑

個人墓碑

■陸軍歩兵大尉 徳大寺 龜一
      *旧大津陸軍墓地 Aブロック
■陸軍歩兵大尉 伏木 徳太郎
      *旧大津陸軍墓地 Aブロック
■陸軍歩兵少佐 奈良 鉞治郎
      *旧大津陸軍墓地 Aブロック
■陸軍歩兵大尉 谷村 元吉
      *旧大津陸軍墓地 Aブロック
■陸軍歩兵少尉 村治 昭
      *旧大津陸軍墓地 Aブロック
■陸軍歩兵少尉 鎌倉 誠一
      *旧大津陸軍墓地 Aブロック

合葬碑

□明治三十七八年戦役将校同相當官戦病死者合葬碑
     *旧大津陸軍墓地(上段東)
□明治三十七八年戦役准士官戦病死者合葬碑
     *旧大津陸軍墓地(中段東)
□明治三十七八年下士戦病死者合葬碑
     *旧大津陸軍墓地(中段東)
□明治三十七八年戦役兵卒戦病死者合葬碑
     *旧大津陸軍墓地(中段西)

記念碑

▽「戦役紀念」碑
      *田上森
▽牛馬招魂碑
      *武者が谷墓地
大津市で見ることができる日露戦争の墓碑

  →その1 合葬碑   →その2 将校の墓碑
[大津のこと]
[日露戦争]

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